近代工業の芽生え
ボール紙発祥の地

平成18年5月13日(土) 場所
         ・荒川区南千住6−37
 日本のボール紙(板紙)発祥の地jは、千住大橋の500mほど上流の大規模マンション「アクロシティ」がある場所です。明治21年8月10日、東京板紙会社社長:佐久間貞一がこの地に工場を建設し、翌明治23年6月「新式抄紙機」をイギリスから輸入するとともに外国人技師を雇い、稲藁を原料としてボール紙(板紙)の生産を開始しました。
 そのきっかけは、明治初期の啓蒙思想家「中村正直」がイギリス人サミュエル・スマイルズの訳本「西国立志編」の再販の本の装丁を洋式のクロース表装にすることを「佐久間貞一」が引き受けたことから始まったそうです。最初は埼玉県の新座市に第一工場を建設しましたが水量が弱く失敗し、隅田川沿いの南千住に第二工場を建設しわが国最初のボール紙製造を実現しました。
 それにしても、明治初期に「千住製絨所」でウールが、「東京板紙(株)」でボール紙が日本で最初に製造されるなど、隅田川の水の恵みとともに荒川区南千住がわが国の近代工業の発祥の地になったことは地域の誇りであると思います。
ボール紙製造開始100年記念碑 数々の歴史を秘めて記念碑がひっそりと立つ
記念碑建設の関係者の名前が刻まれている 板紙発祥の歴史が刻まれている
記念碑がある若宮神社 若宮神社には「製絨所住宅」名も刻まれている

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