荒川区の坂

平成18年3月18日(土)
荒川区は、かって荒川の氾濫原野であった地理的条件から市街地の大半が平坦地で日暮里の台地にのみ集中して九つの坂道があります。しかし区域全体では極めて坂が少なくそのせいか荒川区はやたらと自転車が多い町になっています。
坂は、その坂のもつそれぞれの特徴により、街の表情を変化に富んだものとしています。坂が大好きな私にとって少し残念ですが荒川区内にある「九坂」(芋坂・御殿坂・七面坂・夕焼けだんだん・富士見坂・地蔵坂・間の坂・ひぐらし坂・向陵稲荷坂)を順次ご紹介します。

最後の坂ですお疲れ様         こうりょういなりざか
            荒川区の坂9
  向陵稲荷坂  地図  H18・3・26(日)
 坂の上に、江戸時代に秋田藩佐竹右京太夫屋敷に祭られていた向陵稲荷があり、坂名の由来となっている。坂の左右に有名な「開成高校」「開成中学」がある。坂は緩やかにカーブし、区内の坂では一番美しい坂ではないかと思います。
 ちなみに、坂の下の市街地は、大正時代に「日暮里渡辺町」といわれ、多くの文人墨客が住み、世田谷の田園調布と比べられるほどの「文化住宅の町」だったそうです。渡辺町の資料が少なくって困っています。知っている方いればご連絡下さい。
坂の上から(右が向陵稲荷) 坂の下から(右先の建物が開成高校)
坂の上にある標識(イメージにあって良い) 坂上の向陵稲荷神社
坂の中腹からの景色 坂の下からの景色(ここにも標識あり)


      荒川区の坂8  ひぐらし坂  地図  H18・3・26(日)
 JR西日暮里駅前の「開成高校」脇から田端方面に抜ける台地につながる坂道。名称の標識はあるものの由来等の記載はない。坂を挟んで進学校や開成高校などがあり文教地区の匂いのする坂である。
JR西日暮里駅前より坂入口付近 入口付近に標識あり
坂入口にある歴史の標識 坂の上部(右下はJRの線路)田端へと続く
坂の中腹右側は進学塾 坂上から向陵稲荷坂に続く道


    荒川区の坂7  間の坂  地図  H18・3・26(日)
 JR西日暮里駅より諏訪台地に続く区内で最も急勾配な坂が「間の坂」。自動車の往来が激しく歩道が狭いなど歩きにくい坂道です。雪の日はクローズになるほどの急坂です。名称の由来は現時点で不詳です。この坂だけ標識がないのが残念です。知っている方がいれば是非ご連絡ください。
JR西日暮里駅出口から「間の坂」を望む 間の坂中腹より坂下を望む(坂下右が西日暮里駅
坂上から坂下を望む(坂は左に下っていく) 坂上にある西日暮里公園(前田公墓地跡)
公園内にある道灌山の説明標識 公園内の標識版

                      じぞうざか
            荒川区の坂6
  地蔵坂  地図  H18・3・26(日)
 諏訪神社境内よりJR京浜東北線沿いに下る「地蔵坂」。坂は2箇所大きく屈折している。坂名の由来は諏訪神社の隣にある浄光寺にある江戸六寺像の地蔵尊にちなむものとされる。
坂中腹より下を見る 坂中腹より上を見る(突き当たり右が諏訪神社)
坂下はJRのトンネルにつながる 中腹より坂下を見る
坂の標識(諏訪神社境内にある) 諏訪神社境内の坂入口付近(左折して下へ下る)


                         ふじみざか
             荒川区の坂5  富士見坂  地図  H18・3・26(日)
 いよいよ有名な日暮里富士見坂です。数ある都内の富士見坂の中でも本当に富士山が見える数少ない貴重な坂道です。冬になると稀に富士山の周りがキラキラ輝くダイアモンド富士も見ることが出来ます。
 少し前、富士山を見るのに格好な位置にマンションが建ち、一時は景観論争になった有名な坂でもあります。
 江戸時代は富士見坂の下右側の花見寺として有名な修性院があり、富士見坂は「花見坂」と呼ばれ、日が暮れても見飽きない諏訪台地の景色を「ひぐらしの里」といい江戸市民の行楽地としても有名でした。
坂上から坂下を見る 坂の中腹
坂下から坂上を望む 坂上にある標識
花見寺として有名だった修性院境内 修性院の壁にかかれている布袋


         荒川区の坂4夕焼けだんだん 地図 H18・3・26(日)
 御殿坂と七面坂の坂上を真西に向って降りる坂道階段で、夕方の西日の夕焼けが美しいことから名づけられた想像します。階段の坂下は谷中銀座商店街の入口になります。
 最近は「谷中散歩」が中高年者のブームともなっており、「夕焼け段々」の左右は洒落たレストランやカフェ、居酒屋などが建ち並んで観光客が寄り道しています。荒川区の新名所ともいえる坂道です。
坂下からの風景 坂下から坂上を見る
坂上からの風景 坂下でつながる谷中銀座商店街
坂上の標識 坂下の標識


                         しちめんざか
            荒川区の坂3   七面坂  地図  H18・3・20(月)
 御殿坂の坂上から台東区谷中「長命寺」の墓地裏を下り、宗林寺(通称「萩寺」)の前に至る坂道。墓地が左手にありやや淋しさを感じさせる坂ですが、週末は坂の中ほどにある質屋の「ニコニコおじさん」さんがフリーマーケットを開催し、凄い賑わいを見せています。
 名の由来は坂上にある宝珠山「延命院」にある七面堂にちなんで名づけられたものです。
左が長命寺の墓地 先端に見えるのが宗林寺
御殿坂上より七面坂を見る 名の由来の説明版
質屋「ニコニコおじさん」のフリマ 中腹より御殿坂上方面を見る



                       ごてんざか
             荒川区の坂2  御殿坂  地図  H18・3・19(日)
 台東区谷中の台地に数多くある寺町や朝倉彫塑館を抜けて「だんだん坂」手前を右折して、JR日暮里に向う坂道。名称の由来は将軍綱吉の御殿や将軍の御膳所がこのあたりにあったとする説が一般的であるが定かではない。
 この坂も江戸時代より人々が往来する荒川区を代表する坂です。最近は週末になると谷中散歩する高年者で大変な賑わいを見せ、東京の落ち着いた雰囲気の観光ルートにもなっています。一度お出かけください。
坂の名称版 ここを下るとJR日暮里駅南口です
観光客に人気の人力車 週末には大勢の人の散策コースになる
坂上の経王寺(門に上野戦争の鉄砲の跡があることで有名) 坂上からJR日暮里駅方面を望む



                         いもざか
            荒川区の坂  芋坂   地図  H18・3・18(土)
 芋坂は、区内の坂の中でも古い歴史を持っています。羽二重団子の店の脇から日暮里台地に向う坂道は、王子街道から台地に登る道として江戸時代より多くの人々が利用していたようです。 また、夏目漱石の小説「我輩は猫である」の中にも芋坂は登場します。そして泉鏡花や正岡子規も羽二重団子のゆかりの客であったようです。正岡子規の「芋坂の団子も月のゆかりかな」の句碑が店の脇にあります。坂上の高台で自然薯が取れることから「芋坂」との説があります。
 しかし現状はJRで坂道が分断され、なんとも味気ない、坂とはいえないような坂道になっていますが、かっては「文化の香り高い坂道」であったようです。
羽二重団子の店の脇が芋坂の入口 芋坂の説明版
JRの横断歩道橋になってしまった芋坂 羽二重団子の店角の道標
芋坂とはゆかりの深い羽二重団子 芋坂入口前にある名刹「善性寺」。この前が音無川で徳川将軍の鶴お成りの際の「将軍橋」があった。
明治時代の羽二重団子 大正時代の羽二重団子

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