荒川区の魅力(6)
汐入ニュータウン
完成目前
            
平成18年7月15日(土)  地図
 かつて南千住汐入といわれ、500年近い歴史を育んできた古い町並みが再開発され、約70ヘクタール(東京ドーム約15個分)の広大な土地が写真のとおり完成目前になりました。昭和62年に事業が着手され、20年余の長い歳月を経て概ね完成の時期を迎えました。
 隅田川の自然環境を生かし水と緑を取り込んだ広大なスーパー堤防を軸に高層住宅を中心に都市型住宅約7千5百戸、完成時には約1万戸、2万人の人びとが暮らす「汐入ニュータウン」に生まれ変わります。
 これほどスケールの大きな大規模開発は日本の街づくりの歴史の中でも稀有なものです。再開発の是非がいわれる昨今ですが、汐入ニュータウンはウオーターフロントの良さを取り込んだ素晴らしい街づくりとして将来的にも評価されるのではないかと思います。それはまた、平成元年に荒川区が南千住活性化の起爆剤として「川の手新都心構想」を策定し、当時の内陸的な防災公園計画を隅田川沿いに移しスーパー堤防と一体となるよう、地域住民と力を合わせて、開発計画の見直しを国や東京都に粘り強く求めた結果でもあると思います。
 完成目前の「汐入ニュータウン」の模様を写真でご紹介します。なお、「旧汐入」の町の様子は「あらかわ物語」の『消滅の町:物語』で紹介していますのであわせてご覧下さい。
 なお「汐入ニュータウン」の名称は私が命名したもので、正式には白鬚西地区防災再開発事業(東京都)と住宅市街地総合整備事業(国土交通省)の二つの事業をわかり易くするために付けた名称です。
                 1変貌する南千住駅周辺 地図
 南千住駅周辺は、明治時代以降の南千住地域への相次ぐ大工場の進出とともに活況を呈してきました。しかし、昭和34年の工場等制限法により、大工場とそれを取り巻く多くの中小工場が地方や郊外に移転する中で、徐々に衰退していきました。そんな南千住駅周辺も最近では「汐入ニュータウン」の誕生や「つくばエックスプレス」の駅として再び活況がよみがえりつつあります。
再開発が予定されている南千住西口駅前広場 再開発予定の西口駅前広場タクシー乗り場
新装のJR南千住駅 つくばエックスプレス南千住駅も開業
汐入ニュータウンへ続く道の整備 新に整備された南千住駅東口ドナウ広場
                 2新しい南千住東口の商業街区の賑わい  地図
 ララテラスを中心とする商業街区はかってはJRの用品庫として物流の保管機能を担っていました。その後、国鉄の民営化の中で、この用地は清算事業団の用地になり売却が決定され、住宅建設の適地として当時の住宅都市整備公団と荒川区が買収し現在の開発(住宅市街地総合整備事業)が実現しました。
ドナウ広場より商業街区・汐入ニュータウン方面を望む 商業街区の中心「ララテラス」
商業街区の中心「ララテラス」 商業街区より汐入ニュータウン方面を望む
商業街区の舗道 商業街区の風景
中庭も整備されている商業街区 エスカレーターも整備された商業街区の中庭
整然と整備された商業街区の高規格道路(ドナウ通り)    商業街区に隣接して建設された南千住ハープタワー
           3新たな都市型住宅の町「汐入ニュータウン」  地図
 約500年近い歴史を重ねた汐入は、江戸時代は「汐入大根」や牡蠣ガラで作る極上の「汐入の胡粉=人形の上塗胡」の生産地として有名でした。明治以降は「隅田川貨物駅」の立地や「ニチボー」「カネボー」など紡績の大企業が進出し、大工場とそれを取り巻く労働者の町として発展してきました。その汐入も関東大震災級の震災から都民の生命を守るための「江東防災六拠点構想」の拠点に位置付けられ、約20万人の都民の避難広場としての「都立汐入公園」と写真のような防災に強い都市型住宅の町に生まれ変わりました。
 *昔の汐入を知りたい方は「こちら」をクリックしてください。
ニュウタウン最大規模の高規格道路の東西道路(25m) 東西道路沿いの民間マンション開発(トキアス
東西道路から航空高専を望む 旧日石用地の公団や民間の賃貸マンション建設
おびただしい都市型住宅が建設されています 都市型住宅が続々と建設されました(旧石橋地区?)
都市型住宅が続々と建設されました 都市型住宅が続々と建設されました
都市型住宅が続々と建設されました ニュータウンの地元商業商業者の商業施設
ニュータウン最大の商業施設(ベルポート汐入) ベルポート汐入の内部(大手スーパーも入っています)
ベルポート汐入のファサード べルポート汐入の内部(地元商業者も入っています)
ベルポート汐入の内部 ベルポート汐入の壁面を飾る江戸時代の胡禄神社
都市型住宅が続々と建設されました 都市型住宅が続々と建設されました(少し疲れる・・・)
汐入のシンボル「胡禄神社」も新装されました 旅行安全祈願の習わしの伝えがある神社境内の草鞋
*写真のようにスケールの大きな再開発です。昔を知るものにとってはいささか淋しい感じが禁じ得ません
             4水辺環境を活かしたスーパー堤防  地図
 高度経済成長の入口でもあった東京オリンピック(昭和39年)にあわせて、史上最大級の被害を出した伊勢湾台風の潮位を基準に水害から東京を守るために「高潮堤防」が作られました。しかしこ効率重視の高朝堤防は時代とともに「カミソリ堤防」とも呼ばれ、隅田川と人びとの暮らしを切り離す堤防となってしまいました。その後、世界的に水辺環境の重要性が街づくりの常識になり、写真のように、より防災性を高めながら、水辺や緑の自然環境と一体になった「スーパー堤防」の考え方が定着し、日本でも最大規模の連続性を持つ「スーパー堤防」が誕生し、再び隅田川が人びとの暮らしの中に戻りました。
スパー堤防上の快適なジョギング・ウォーキングロード スーパー堤防の緑が心地よい
堤防のサンクチュアリ(ボラ・スズキ等の魚の生息地) サンクチュアリの説明版
隅田川沿いにも快適な水辺ロードが走ります 隅田川を見ながらジョギングするとホンとに快適ですよ!!
魚や葦や葦の生息ゾーンも用意されています カミソリ堤防も今は思い出のモニュメントになりました
カミソリ堤防の説明版 スーパー堤防とニュータウンの関係
スーパー堤防上の都立汐入公園の案内板 汐入公園の模様(木が大きくなったら素晴らしい公園に!)
汐入公園と市街地の関係 市街地から汐入公園へのアプローチ
汐入公園の模様 汐入公園のモニュメント
隅田川沿いには葦やヨシの生息場所も整備されています ここを走ると汐入再開発の良さがよくわかります
*汐入再開発はこのスーパー堤防により無機質な街づくりにならなかったと思います。あなたもジョギングやウオ−キング  してみてはいかがでしょうか?
                5思い出の汐入の入江と水門  地図
 「汐入の入江」は、明治初期のまだ陸上交通が発達していない時代に東日本最大(西日本は汐留貨物駅)の「隅田川貨物駅構内」の水路へとつながり、水運を生かした物資輸送のために作られた入り江で、隅田川との潮位を保つために作られた「汐入水門」とともに汐入地域のシンボルとして親しまれました。
隅田川沿いに新に整備された汐入の入江 公園として整備された入江
思い出の水門の基礎をモニュメントとして残しました 思い出の汐入水門(基礎がモニュメントとして残る)
汐入水門跡の説明版亜 上から入江を見る(対岸は墨田区)
魚類の生息環境を整備された公園です 入江先端の瑞光橋も新しく整備されました
緑の環境も大切に整備されています 新装の瑞光橋
*旧水門の基礎がモニュメントとして残されたことは、後世に汐入の入江や水門の歴史を伝えるのに役立つと思います。こ れからの街づくりは過去の遺産を新しい街づくりにどのように残していくかが大切だと思います。

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