荒川の歴史

関東大震災以降
鉛筆工場の町:あらかわ

       平成18年8月23日(土)
 筆記用具といえば、シャープペンシル、ボールペン、万年筆、と多様化していますが、戦前戦後は小中学生の筆記用具といえば「鉛筆」オンリーで、身近な忘れられない思い出の用具の一つでした。
 なんと、わが町荒川区がその鉛筆の日本最大の生産地であったこを知っている人も少なくなったのではないでしょうか?。
 荒川区は、都心に近く、地価の安さ、水運・陸運の交通の利便性などにより、金属製品加工、家具製造、皮革加工、自転車部品、印刷、などの日用品製造業が集中し、大手企業の下請け工業の大田区と並んで日本を代表する「ものづくりの町=産業の町」として元気一杯の町でした。
 鉛筆製造もその一つで、昭和59年の工業統計によると、東京都は全国の鉛筆の生産量の約63%を占め最大の生産地です。その東京都内の鉛筆工場数56のうち約3割の19工場が荒川区にありました。まさに「鉛筆の町:荒川区」であったのです。
 また、荒川区に集中する鉛筆工場の約63%が町屋地区に集中し、隣接の東尾久地区と合わせると77%が両地区に集中していました。
 荒川区に鉛筆工場が集中した理由は関東大震災でした。震災前、鉛筆工場は本所や浅草周辺に集中していましたが、多くの鉛筆工場が焼失し、地価の安い町屋周辺に移転してきたそうです。
 鉛筆の製造過程は「芯の製造」⇒「木工(芯入れなど)」⇒「塗装」⇒「仕上げ」ですが、各部門を一貫生産できるのは三菱、トンボ、コーリンなど一部の大手メーカで、区内の鉛筆工場の大半は、「塗装」と「仕上げ」が主で、芯製造の工場は全て廃業しています。
 戦後隆盛を極めた鉛筆製造業も、最近の筆記具の多様化、OA機器の普及、円高による国際競争力の低下、少子高齢化などにより厳しい経営環境にさらされ、残念ながら廃業せざるを得ない業者が多くなっています。荒川区の地場産業の「鉛筆工場」が姿を消していくことは、時代の流れで仕方ない面もありますが、淋しい思いがします。
(1)鉛筆工業に占める東京都の地位      
工場数 東京都83.9% その他16.1%
生産量 東京都63.3% その他36.7%
出荷額 東京都60.9%  その他59.1%
 (昭和59年「工業統計表:品目編」より)

(2)鉛筆工場の分布
所在地 工場数
荒川区 19
葛飾区 9
足立区 5
中央区 4
墨田区 3
都内その他 8
都外 8
合計 56
(昭和58年度東京都地場産業実態調査報告書より)                        
(3)荒川区内の主な鉛筆製造会社
アイボール鉛筆株式会社 荒川区荒川5ー36−9 3895-6931
エベレスト鉛筆株式会社 荒川区西日暮里2ー21−6 3891-6306
株式会社金子鉛筆製作所 荒川区町屋6ー6−11 3895-4306
株式会社キャメル鉛筆製作所 荒川区町屋3ー19−20 3895-5933
株式会社名山鉛筆 荒川区西日暮里2−52−11 3803-3431
北浦鉛筆株式会社 荒川区町屋4ー13−32 3895-0974
キリン鉛筆株式会社  荒川区西尾久3ー4−3 3893-6900
太陽鉛筆株式会社  荒川区町屋6ー3−3 3892-0144
中野鉛筆加工所 荒川区東尾久6ー12−7 3892-2576
モリヤ鉛筆株式会社 荒川区町屋3ー19−2 3895-8865
有限会社篠崎鉛筆製作所   荒川区町屋7ー15−27 3892-5372
有限会社タグチ鉛筆工場   荒川区町屋1ー15−3 3895-2939
有限会社幌馬車鉛筆  荒川区町屋8ー14−21 3892-2773
有限会社前田鉛筆製作所 荒川区町屋3ー26−2 3892-5106
米山鉛筆製作所  荒川区町屋4ー29−1 3895-1287
 *多くの鉛筆工場が町屋地区に集中していることがわかります。
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